こんにちは。プロレス話継を運営している「リングサイドのワケイ」です。
あの大晦日の盛り上がりから長い時間がたちましたが、今でもあの大きな叫び声を思い出すと、ワクワクして胸が熱くなります。高田延彦さんの「出てこいや」という言葉は、格闘技を知らない人でも聞いたことがあるくらい有名な言葉ですよね。でも、あの言葉がどうやって生まれたのか、そして2004年にお祭りのように披露された長いセリフの全部がどんな内容だったのか、正しく覚えている人は少ないかもしれません。ネットで調べても難しいことばかり書いてあって、あの瞬間の本当の意味や、もとになったお話まで詳しく知りたいと思っている人も多いはずです。この記事では、プロレスを50年以上見てきた私が、当時の熱烈な雰囲気を思い出しながら、あの伝説のパフォーマンスの秘密をわかりやすくお話しします。最後まで読んでもらえれば、あの一言に込められた本当の気持ちがきっと伝わるかなと思います。
- 高田延彦さんが「出てこいや」と言った理由とその場のひらめき
- 2004年のお祝いで披露された伝説の長いセリフと昔ながらの言い回し
- ふんどし姿で太鼓を叩いたりピアノを弾いたりした歴代の出し物
- 博多華丸さんのモノマネがきっかけでみんなが知る言葉になった理由
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高田延彦さんが放った「出てこいや」の全部と誕生の秘密

会場いっぱいの大きな拍手と応援に包まれた「さいたまスーパーアリーナ」の熱気を思い出すと、今でもドキドキしますね。ここでは、伝説の言葉がどのようにして生まれ、あの有名な長いセリフがどんな内容だったのかを、わかりやすく説明していきます。
リングサイドのワケイ運動会でも「でてこいや」が使われたらしいです。
2003年の大会で生まれた「もと」のお話

2003年の8月、さいたまスーパーアリーナという大きな会場で「PRIDE(プライド)」という格闘技の大会がありました。この大会こそが、あの有名な言葉が初めて使われた場所です。当時、選手を引退して大会の責任者になっていた高田延彦さんは、準備の人たちから「高田さんらしいやり方で、選手をリングに呼んでください」と頼まれました。
実は、詳しいやり方は決まっていなくて「お任せします」という状態だったそうです。会場の盛り上がりは最高潮。これから命がけで戦う強い選手たちを呼ぶのに、ふつうの言葉では会場の熱気に負けてしまう。そんなふうに悩みながら、あの言葉が生まれました。
言葉に込められた選手への「尊敬」と「応援」
「出てこいや!」という言葉だけを聞くと、少し乱暴に感じるかもしれません。でも、その理由を知ると全く違うふうに見えてきます。高田延彦さんは最初、「出てきてください」や「出てきてよ」という、丁寧でやさしい言い方も考えていたそうです。
でも、やる気満々のヴァンダレイ・シウバ(選手)やケビン・ランデルマン(選手)のような強い人たちを前にして、丁寧すぎる言葉では心が震えないと感じたのでしょう。この言葉には、「最高の舞台を作ったぞ。お前の全部をここで見せてくれ!」という、自分も戦ったことがある人だからこそ言える、相手を尊敬して応援する熱い気持ちがこもっているのです。
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2004年のお祝いで披露された伝説のセリフを振り返る

たくさんのファンが「全文(全部のセリフ)」として覚えているのが、2004年の大晦日に行われた大会のオープニングです。この年、高田延彦さんはそれまでの格闘技では考えられないような、ふんどし一枚で大きな太鼓を叩くパフォーマンスをしました。
この時に言ったのが、映画『男はつらいよ』の寅さんのような、「啖呵売(たんかばい)」という、リズムよく言葉を並べる昔ながらのセリフです。その主な内容をまとめました。
2004年 伝説のセリフ(全部)の内容
- 「ものの始めが一ならば、国の始めは大和です」
- 「お仙ちゃんの腰巻真っ赤です。赤いものを見て迷わないやつは、石の仏様か、木の仏様か、金の仏様か」
- 「四角いものは豆腐屋の娘、色が白いけど、ちょっと水くさい……」
- 「選手、出てこいや!」
ふんどし姿で大きな太鼓を叩いた驚きの出し物
格闘技イベントの一番偉い人が、テレビで放送されている時間にふんどし姿で現れて、一生懸命に太鼓を叩く。この見た目のインパクトは本当にすごかったです。「目立ちたいだけだ」と言う人もいましたが、実際には「これから何が起こるかわからない、すごいことが始まるぞ!」とみんなに思わせるための、しっかりとした作戦だったと言えます。
あの太鼓の音は、見ている人の心臓をドキドキさせ、メインの試合が始まるのを一番楽しみにさせる魔法のようでした。私自身も、テレビの前でその迫力にびっくりした一人です。
車寅次郎(とらじろう)さんをお手本にした言葉のルーツ
なぜ高田延彦さんは、このリズムのいいセリフを選んだのでしょうか。そこには、彼が仲良くしていた物知りな人たちのアドバイスがありました。特に、本を書く仕事の百瀬博教(ももせ ひろみち)さんという人から、高田延彦さんは自分をかっこよく見せることの大切さを教わっていたようです。
リズムの良さや、言葉遊び、そして最後に大きく叫ぶ。これらはすべて、「格闘技をただのスポーツではなく、日本の文化と組み合わせた最高のショーにする」という、当時の熱い思いが形になったものだと感じます。
2005年と2006年の演出に見る変化
2004年の大成功を受けて、高田延彦さんの出し物はさらにパワーアップしていきました。2005年にはおしゃれなタップダンスから力強い太鼓へとつなげる驚きの演出を見せ、2006年にはピアノのきれいな音を弾いたあとに太鼓を叩くという「静かさと激しさ」の組み合わせを見せました。
毎年「今年は高田延彦さんが何をやってくれるのかな?」と、試合と同じくらいみんなが楽しみにしていたのは、今考えてもおもしろいことでしたね。
みんなが知る言葉になった「出てこいや」のすごさ
今では格闘技を知らない人まで使うようになった「出てこいや」。なぜこれほどまでにみんなの間に広まり、今も愛されているのか、その理由を考えてみましょう。
博多華丸さんのモノマネでみんなが知るようになった

この言葉が日本中の家庭にまで届いたのは、お笑い芸人の博多華丸(はかた はなまる)さんの力がとても大きいです。博多華丸さんのモノマネは、ただ言葉を真似するだけでなく、太鼓を叩くときの手の動きや、叫ぶ前の独特の「ため」、そして顔の表情までおもしろおかしく真似しました。
このモノマネのおかげで、もとの話を知らない子供たちや大人たちにも「なんだかすごい言葉があるぞ」と広まり、ふだんの生活の中でも「主役を呼ぶときのお決まりのセリフ」として使われるようになったのです。
テレビ番組などで「合図」として有名になった
『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』などの人気番組でも、この言葉はよく使われました。テレビ番組が「強い言葉」を繰り返し使うことで、それはみんなが知っている「有名な印」になっていきます。
今では、学校や会社での発表のときや、パーティーを盛り上げるとき、または「隠している本当のことを教えて!」と言いたいときにも、この言葉が使われるようになりました。
今の私たちの生活にも役立つ「高田さんの考え方」
高田延彦さんの言葉には、私たちが毎日を過ごすヒントが隠されています。彼は「勝ったか負けたかの結果よりも、そこまでどれだけ『一生懸命に頑張ったか』が人間を成長させる」と言っています。
「相手がどんなに強くても、自分らしく立ち向かう。全力でやってダメだったら後悔しない」という潔い考え方は、悩みの多い今の世の中で、とても頼もしく聞こえます。
高田さんの大切なポイント
- 結果だけでなく「どう準備して、どう挑戦したか」を大事にする
- 自分を磨いて、かっこよくふるまうことの大切さ
- 相手をバカにせず、尊敬する心
新しい大会「RIZIN(ライジン)」でも受け継がれる伝統

昔の大会がなくなったあとも、その熱い気持ちは今の「RIZIN(ライジン)」という大会に引き継がれています。2015年にRIZINが始まったとき、また高田延彦さんがふんどし姿で太鼓を叩いたのを見て、たくさんのファンが喜びました。
これは、一つの言葉がただの流行りを超えて、格闘技という舞台の「伝統的なかっこよさ」になった瞬間でした。昔の熱気を知っているファンにとって、あの太鼓の音と叫び声は、大切な思い出そのものなのかもしれません。
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まとめ:高田延彦が放った「出てこいや」の全部と誕生の真実
さて、今回は高田延彦さんの「出てこいや」という言葉から、その理由や価値を振り返ってきました。あの短い言葉の中には、一言では言いきれないほどの相手への尊敬や、こだわり、そして勇気が詰まっています。
私たちが何かに挑戦するときや、誰かを応援したいとき、この言葉が持つ「熱いパワー」を思い出してみるのもいいかもしれませんね。あの時の熱気は、今も私たちの心の中で、あの太鼓の音と一緒に鳴り響いています。
※もっと詳しい公式の記録などは、公式サイトや当時のニュースなどを合わせて確認してみてください。
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